
ルイ・ヴィトンというブランドは、多くの方が一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。現在、私は複数のチャンネルを運営しており、その中には鉄道をテーマにしたものもあります。そちらをご覧いただいている方であれば、乗車券を購入する場面などで、ルイ・ヴィトンの財布が映っているのに気づいた方もいるかもしれません。
この財布が、現在私が使用しているものです。ルイ・ヴィトンは非常に人気の高いブランドであり、「所有していること自体がステータス」と捉えられることも少なくありません。そのため、場合によっては自慢しているように見られてしまうのではないか、と少し気にしている部分もあります。
なお、この財布は日常的にかなり実用的に使っており、撮影時には簡易的なスタンドの代わりとして活用することもあります。三脚を用意できない状況でも対応できるため、結果的に使用頻度は高くなり、持ち歩く中で細かな傷も増えていきました。
また、この財布は自分で購入したものではありません。大学内で声をかけてくださった方から、「普段使っている財布がかなり使い込まれているように見えたので、よければ使ってください」とご厚意で譲っていただいたものです。予想外の形で手にすることになりましたが、現在もそのまま大切に使い続けています。

で、私、ルイヴィトンというものがものすごく高いものだということぐらいは知っていました。ここはルイヴィトンだと。
まあ、実際にその前に使っていたあの…あ、ちょっと先に財布の話をしてますか。
私もともと、自分の持っているものに関してはお金を使いたくないと思っておりまして、スーツなのも、前から言ってるように、服に金をかけたくないからなんです。
これ使っているタブレットですけれど、バリバリに画面が割れておりますが、まだ使っております。
あの、👉 ZenPad(ゼンパッド)っていう、なんていうのかな、台湾メーカー(台湾企業)の、2万いくらで買える、おそらく家電量販店で手に入るタブレットの中では最も安いものがこれです。

それから、普段うちで使っている充電器や大学でも使うようなコード類がこの中に入っています。これには「ニコン」と書いてあります。これはもともと、私が新聞社の写真コンテストで賞をいただいたときに記念でもらったもので、そういうものをしまうためのものらしいんですが、それを転用して使っています。
このリュックサックは私が高校1年のときに、母に2980円で買ってもらったものです。他には、ちょっと古い時刻表で、表紙がちぎれていますが、まだビリビリになっても使っています。
基本的に持っているものにはお金をかけておりません。唯一お金をかけたと思っているのは、この靴です。この靴は最近 ABCマート で買ったものです。今まで使っていたのは、中学2年のときに イオン で買った1980円の靴でした。あ、なんかクワガタみたいなのがいるな。
まあいいや、ちょっと気になるんですけど、それはやめておきましょう。
あの靴は、あまりにも機能面で問題があるということで、様々なところで既に…
穴も開きまくっていて、雨がちょっと

でも降れば、もう途端に濡れてしまうような状態であり、また匂いも困るような感じで、不思議な匂いを放っていました。そんな状態でしたから、ちょっとあの靴はもうダメだなと思って、さすがに靴は新しくいいものを買うことにしました。
防水性とか、歩いていても使いにくいものとか。だから、機能面でお金を使うのはいいと思うんですけど、別に アップル みたいなやつじゃなくても十分だし。
それから、この腕時計も実はもらいもので、私もともと 100円ショップ で売っている ダイソー の100円の時計を愛用していたんですね。
お金稼ぐのが好きですとかなんとか言ってますけれど、でも別にお金をたくさん使うことはそんなに好きではありません。いいものを持ちたいっていうのは本当にないんです。
スーツだって本当にそうですよ。このワイシャツだって特売品かなんかじゃないですかね。多分、どこで買ったのか覚えてないというか、家にあったやつなのかな。

まあ、そうです。私が買ったやつでもないのかもしれません。そんな感じです。
で、そんな中でこの ルイ・ヴィトン の財布を使っていると、私の価値観ですと、こういう 高級ブランド のものをちょっと使うというのは、逆に耐えがたいんですね。これはくれた人に、たまにまたやっぱり大学でも会いますんで、その時には結構よく喋るんですよ、その人と。
友達ではないけど。いや、もう財布もおかげさまで使ってますよ、なんて言って、ある程度の信頼関係があって、この話もすでに済ましているから言えるんですけど、私、高級ブランド物ってね、嫌いなんですよね、申し訳ないんですけど。
それからあとはなんだ、その前に使っていたお財布はプラダっていうやつだったんですけど、それも正直言ってそんな好きで使っていたわけではないんですよ。
で、財布の話をするって言って忘れちゃいましたけど、私は元々、私の母がですね、

ボロボロで捨てようとしていた財布をお下がりでもらい、それを中学校の間もずっと使っていて、穴が開いていました。
も開いていて、お金がどっか変なところへ入り込むみたいな感じの財布だったんですが、その財布をずっと使い続けておりました。その後、それがボロボロでも「まだ使える、使えるから大丈夫だ」と言って使いまくっていたのを、ついに私の家族に怒られまして、「いい加減ちゃんとした財布を買いなさい」と言われたんです。はい、すいませんということで、今度高校1年の時に泣く泣くイオンに行って、500円も払って財布を買ってきました。それを大学に入るまでずっと使っていたんですが、あまりにもその財布も安いやつですから、ボロボロになりました。でも「ボロボロでも使える、使える、大丈夫だ」と言って、結局使おうとしていたんだけれども、また別の人から「財布がボロボロなのを見た」と言われ、使い古しのお財布ですけどどうですかと言って、プラダの結構いいやつらしいお財布をもらいました。まあそんな感じなんですね。
他にも、例えば私が普段使っているカバンは高校1年の時に買ったものです。それから、たまにかけている斜め掛けのカバンはもうあちこち穴が開いてボロボロですが、3980円で小学校5年生の時に買ったものをまだ使っており、あと10年は使いたいと思っています。
もうそういう感じなんですよ。そういう人が、この 高級ブランド ものを買うというのは、通常でしたらあまり考えられないことです。
私の価値観で言いますと、こういうものにお金をかけるというのは、つまり 記号 を買うわけですよね。一応経営学部ですから、そういったことは学習しているわけなんですけれども、ブランドもルイ…
ビトンという財布を持つことに喜びを覚えていて、このルイ・ヴィトンという財布を持つことによって、ステータス、自分がなんかこう…
良い人間だというような認識を獲得できるから、自分が良い人間であるために、ルイ・ヴィトンのお財布を購入するんだ、そういうことなんですね。
私、別に、そんなに頼ってね、自分をこう、なんか良い人間に思うってのは、なんかちょっと、うーんもんなーって、
そういう感じなんですけど、ただ、それは私がそう思うだけで、別に ルイ・ヴィトン のお財布を使ってる私の仲の良い知り合いとか結構いますし、そういう人を全然悪く言うわけじゃないですよ。

私はもともと、いわゆる高級ブランド品を積極的に使いたいとは思わないタイプです。というのも、それらを身につけることで「ブランドの力を借りて自分をよく見せようとしている」と受け取られてしまうのではないか、と感じてしまうからです。
もちろん、そうした見方がすべてではないと理解していますが、少なくとも自分自身としては、できるだけ外的な要素に頼らず、自分の在り方や行動で評価されたいという意識があります。多少変わっている部分はあるかもしれませんが、それでも自分なりに筋を通して生きているという感覚があるため、無理にブランドに頼る必要性を感じていません。極端に言えば、財布でなくても、封筒のような簡易的なもので代用できればそれで十分だ、という考え方です。
したがって、あえてブランド品を持つことで自分の「ステータス」を補強するような行為には、どこか違和感を覚えてしまうのが正直なところです。
ただ一方で、この考えについては、実際に財布を譲ってくださった方とも話をする機会がありました。その中で印象的だったのは、「高級ブランドの財布は、もし予算に余裕があるのであれば選択肢として非常に無難で失敗が少ない」という意見です。例えばルイ・ヴィトンのようなブランドは、単なるステータスだけでなく、基本的な品質や機能面においても一定の水準が保証されているため、「どれを選べばいいか分からない」という場合には安心して選べる、という考え方です。
また、日本においては、ブランドが持つ意味合いは個人の価値観以上に社会的な側面も強く、「ステータス」や「記号」としての役割を持つことも少なくありません。いわゆる「一流の人が持つもの」といったイメージが共有されている場面では、それに合わせた選択をすることで、相手との関係が円滑になる場合もあります。
たとえば、重要な場面であまりにも使い古された持ち物をそのまま使っていると、自分では問題ないと思っていても、相手に違和感を与えてしまう可能性があります。そうした状況では、相手の価値観にある程度合わせるという判断も、現実的には一つの選択肢と言えるでしょう。
実際に話を聞いてみて、ブランド品には単なる見栄とは異なる「実用的な意味」や「対人関係における効果」があるという点は、確かに理解できる部分もありました。ただ、それでも自分自身の価値観として、ブランドそのものに強い魅力や憧れを感じることはなく、ルイ・ヴィトンを見ても特別な感情が湧くわけではありません。
それでも、興味深いことに、ブランドが役立つ場面があったのも事実です。あるとき新幹線で複数人と移動した際、お世話になった方に切符代を負担しようと考えたことがありました。しかし、その方の持ち物や雰囲気から、すでに十分な余裕がある方だと感じられたため、こちらが費用を出すことがかえって失礼にあたるのではないかと判断し、結果的に控えることにしました。
このように、ブランド品は単なる所有物にとどまらず、相手との距離感や関係性を測る一つの要素として機能する場面もあるのだと、実感する機会にもなりました。

まあ、
相手だってそれに多分お金十分あるだろうし、そういう状況がこの間、新幹線の切符をおごるかどうかというところであったんですけど、その人が見たら ルイ・ヴィトンの財布も持ってて、調べたら9万円とか10万円とか多分するらしいんですよね、ルイ・ヴィトンって価格。
comで調べたら、そのくらいの値段だったんです。だから、そのぐらいの財布を持つ方に新幹線の自由席特急券をおごるのは、かえって失礼だからやめようと思って、やめたんです。
それで、多分向こうも全然問題なかったと思います。やっぱり役に立ったことはあったんですよね。ブランドものが効果を発揮することがあるのかと思って…まあ、それは私がルイ・ヴィトンしか…

高級ブランドといえば、エルメスやシャネルなど、誰もが知る有名ブランドが挙げられます。私自身も名前くらいは把握していますが、特別に強い関心があるわけではありません。ただ、これまでの経験を通じて、こうしたブランド品が場面によっては一定の役割を果たすことがある、という点は理解できるようになりました。
実際に考えてみると、ブランドというものは単なる装飾ではなく、対人関係や場の空気に影響を与える要素の一つとして機能することもあります。その意味では、「役に立つ場面がある」というのも一つの事実だと感じています。
とはいえ、だからといって自分の価値観が大きく変わるわけではありません。あくまで自分は、自分が必要だと思うもの、使いたいと思うものを選ぶというスタンスです。価格の高低やブランドの有無に関わらず、納得できるものを使えばそれで十分だと考えています。
そのため、現在使っている持ち物の中にも、安価なものや、過去にいただいたものをそのまま活用しているケースが多くあります。無理に背伸びをするのではなく、自分にとって自然な選択を積み重ねていくことが大切だと感じています。

現在使用しているリュックサックは、高校時代に親に買ってもらったものです。また、以前使っていた赤いリュックも、小学生の頃にプレゼントとして受け取ったものでしたが、長年使い続けた結果、かなり傷んでしまい、最終的には破れてしまいました。それでも基本的には、手元にあるものをできるだけ長く使い続けるというスタンスを変えていません。
タブレットなどの電子機器についても同様で、故障した場合にのみ買い替えるという考え方です。多少古くなったり見た目が劣化したとしても、機能している限りは使い続けるようにしています。
こうした考え方は、自分なりの合理性に基づいたものであり、いわば「使えるものは最後まで使う」という姿勢です。多少極端に見えるかもしれませんが、この価値観が大きく変わることは今後もあまりないと思います。もっとも、状況によっては表に見えない部分で異なる選択をする可能性もゼロではありませんが、基本的なスタンスは変わらないでしょう。
最後に、このルイ・ヴィトンの財布を譲ってくださった方には、あらためて感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。価格については詳しく把握していませんが、現在は実用的なアイテムとして日常的に活用させていただいています。自分にとっては特別な意味を持つものとなりました。

この財布は、もともとイオンで購入したものです。決して高価なものではありませんが、耐久性には優れており、長く使い続けられると感じています。実際、使い方次第では20年ほど持つのではないかと思っており、今後も大切に使い続けていくつもりです。
今後も、財布としての機能を果たし続ける限り、このアイテムは日常の中で変わらず使い続けていくでしょう。また、私のコンテンツの中でも、引き続き登場する機会はあるかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。今後も引き続き、さまざまな視点から情報を発信していきます。